#011 吹奏楽オリジナルの中身を解剖する──マーチはどこへ消えたか

「吹奏楽といえばマーチ」というイメージは、実際の市民楽団の演奏会プログラムには当てはまりません。今回は181演奏会・1081曲のデータから、吹奏楽オリジナル415曲を形式別・作曲家別に解剖し、「現在の市民楽団が実際に演奏している吹奏楽オリジナルとは何か」を、形式・作曲家・コンクール文化の観点から読み解きます。

「吹奏楽=マーチ」という認識の三重のズレ

一般の人に「吹奏楽といえば?」と聞けば、多くは「マーチ(行進曲)」と答えるでしょう。パレードや式典で演奏されるイメージ、運動会の入場行進でかかるあの音楽。

学校の吹奏楽部でも、マーチは特別な位置を占めています。基礎合奏の後にマーチを合わせる、コンクール課題曲の選択肢に毎年マーチが並ぶ──吹奏楽教育の入口には今もマーチ文化が根付いています。

しかし実際の市民楽団の演奏会プログラムを見ると、話が変わります。

今回の関東5都県・1081曲のデータでは、マーチは独立したカテゴリとして38曲・3.5%しか存在しません。吹奏楽オリジナル(38.4%)の約10分の1の規模です。

  • 一般のイメージ:吹奏楽=マーチ
  • 学校吹奏楽:課題曲・基礎練習としてのマーチが今も健在
  • 市民楽団の演奏会:マーチは3.5%の添え物

この3つのレイヤーのズレが、この記事の出発点です。

マーチはなぜ演奏会の主役ではなくなったのか

マーチ=行進曲は本来、屋外で人を動かすために書かれた音楽です。2拍子の均一なリズム、繰り返しの構造、大きな声部の統一感──これらはすべて、行進中に演奏するための要件でした。

その機能がホールの着席鑑賞に移ったとき、何かが変わりました。

  • 2〜3分の短さは「プログラムの隙間」にはなるが、「ステージの核」にはなりにくい
  • 短い反復構造のマーチは、長い構成感・ドラマ性・ソロや情景描写を求める演奏会向きレパートリーとは方向性が異なる
  • 「聴かせる音楽」を志向する楽団ほど、10分前後の構成力と色彩変化を持つ曲を選ぶ
  • コンクール自由曲文化は、「一つの作品を数ヶ月かけて仕上げる」という価値観を吹奏楽界に定着させた

行進のための音楽が、着席鑑賞の音楽に置き換えられていく──その結果が、演奏会プログラムに現れています。

演奏会の主役は「コンサートピース」

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吹奏楽オリジナル415曲のうち、実に353曲(85%)がコンサートピースだった。

上のグラフは、吹奏楽オリジナル415曲の形式別内訳に、参考として行進曲(別カテゴリ・38曲)を並べたものです。コンサートピース353曲に対し、行進曲はその約10分の1の38曲。グラフが示す通り、現在の演奏会プログラムの構造は明快です。

「コンサートピース」とは、序曲でも組曲でも交響詩でもなく、特定の形式名を持たない作品群です。共通の特徴があります。

  • 単一楽章・約5〜15分
  • 演奏会のステージ映えを最優先に設計
  • 情景描写、物語性、クライマックスへの構成
  • コンクール自由曲との親和性が高い

「たなばた」(酒井格)、「シンフォニア・ノビリッシマ」(R.ジェイガー)、「マードックからの最後の手紙」(樽屋雅徳)、「三日月の舞」(松田彬人)──これらはすべてコンサートピースです。演奏会の「核となる1曲」として機能するために書かれた音楽です。

様式名が明確な形式では序曲、組曲、交響詩・交響曲が上位を占めますが、これらを合わせても60曲弱。残る大多数が形式の枠を超えたコンサートピース群です。

困ったら春の猟犬──序曲の絶対王者

様式名を持つ作品の中で突出しているのが、序曲「春の猟犬」(アルフレッド・リード)の10演奏会です。吹奏楽オリジナル全体でも最多で、「たなばた」(9演奏会)・「ルイ・ブルジョアの讃美歌による変奏曲」(4演奏会)・「ホルスト第一組曲」(4演奏会)を上回ります。

吹奏楽関係者の間では困ったら春の猟犬と言われるほどの定番曲である。演奏会映えする冒頭のファンファーレ、わかりやすい構成、経験者なら体に染みついているフレーズ。「改めてちゃんと演奏したい」という動機が何十年にわたって更新され続けた結果が、この10演奏会という数字に表れている。

コンクール経験曲が演奏会を席巻している

上位の曲を見渡すと、ほとんどがコンクールの自由曲として長年演奏されてきた作品です。

曲名作曲家演奏会数
序曲「春の猟犬」A.リード10
たなばた※酒井格9
吹奏楽のための第一組曲G.ホルスト4
ルイ・ブルジョアの讃美歌による変奏曲C.T.スミス4
カンタベリー・コラールJ.ヴァンデルロースト4
祝典のための音楽P.スパーク4
アルヴァマー序曲J.バーンズ4
マードックからの最後の手紙樽屋雅徳3
アルメニアン・ダンス パートIA.リード3
三日月の舞松田彬人3
エル・カミーノ・レアルA.リード3

※「The Seventh Night of July」名義での演奏を含む

コンクールで徹底的に練習した曲は、演奏者の記憶と体に残ります。社会人になって市民楽団に入っても「あの曲をまたやりたい」という動機が選曲を動かす──コンクール文化の影響は、コンクールを離れた演奏会の場にも色濃く引き継がれています。

ただし変化の兆しもあります。「三日月の舞」(松田彬人)は、TVアニメ『響け!ユーフォニアム』(2015年)の劇中コンクール自由曲として書き下ろされた作品。コンクールを経由せず、フィクション経由で定番になりつつある曲が登場しているのは、注目すべき変化です。

アルフレッド・リードの圧倒的な存在感

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作曲家別に見ると、アルフレッド・リードが39演奏会で断トツの首位。2位のフィリップ・スパーク(17演奏会)に2倍以上の差をつけており、3位の酒井格(14演奏会)、J.ヴァンデルロースト(12演奏会)、真島俊夫(11演奏会)、J.バーンズ(10演奏会)と続きます。

「春の猟犬」「エル・カミーノ・レアル」「アルメニアン・ダンス」だけで多くの演奏会をカバーし、さらに「アレルヤ・ラウダムス・テ」「音楽祭のプレリュード」「吹奏楽のための第3組曲」と幅広い作品が演奏されています。1921年生まれのアメリカの作曲家が、21世紀の関東の市民楽団でここまで演奏され続けているという事実は驚くべきことです。

邦人では酒井格が14演奏会で邦人トップ(全体3位)。「たなばた」が9演奏会で最多ながら、「森の贈り物」「メルヘン」と他の作品も幅広く演奏されており、特定の1曲への依存ではない支持の厚さが読み取れます。続く真島俊夫(11演奏会)、樽屋雅徳(9演奏会)、清水大輔(9演奏会)と、1980〜90年代から活動する世代と2000年代以降の新世代が混在して上位を形成しています。

「定番」と「個性」の二層構造

415曲の実態を整理すると、二層構造が見えてきます。

定番層──「春の猟犬」「たなばた」をはじめ、複数の楽団が選ぶ曲が上位に並びます。多くがコンクール経由で吹奏楽文化に定着した作品であり、この層はある程度固定されています。

個性層──415曲のうち複数の楽団が選んだのはごく一部で、大多数は「その楽団しか演奏していない曲」です。初演に近い新作、楽団のテーマに合わせた選曲、委嘱作品──各楽団の個性が強く出るのはこの層です。

「定番を演奏するかどうか」ではなく、「定番以外に何を選ぶか」に楽団の色が滲み出ます。吹奏楽オリジナルのレパートリーは、想像以上に広大です。

まとめ──「吹奏楽オリジナル」の再定義

かつて吹奏楽オリジナルの中心にあったのはマーチでした。しかしいま、市民楽団の演奏会で鳴っているのは、コンクール文化が育てたコンサートピースの数々です。

管弦楽の編曲でもなく、ポップスの吹奏楽アレンジでもなく──「吹奏楽のためのコンサート音楽」という独自ジャンルが、演奏会プログラムの約4割を占めています。

アルフレッド・リードは没後20年以上が経った今も関東の演奏会を席巻し、酒井格・樽屋雅徳・清水大輔ら邦人作曲家が新たな定番を形成しつつある。

つまり現在の市民楽団の演奏会で鳴っているのは、歩くための音楽ではなく、聴かせるための吹奏楽である。「吹奏楽らしさ」の本質は、行進曲にあるのではなく、この独自のコンサート音楽の集積の中にあるのかもしれません。

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