#034 市民楽団はなぜ全員に係を持たせるのか──「全員参加」の落とし穴

入団すると、一枚の紙を渡されます。「係一覧」です。広報係・楽器係・譜面係・会計係・渉外係・演奏会実行委員……団員の名前がずらりと並び、全員が何かしらの欄に収まっています。市民吹奏楽団に入ったことがある人なら、一度は見た光景だと思います。

この「全員が何かの係を持つ」慣習を、ここでは仮に「全員係制」と呼びます。先に結論を言えば、問題は「全員が運営に関わること」ではありません。仕事の必要性や負担の大きさを確かめないまま、「全員に何かを配れば公平になる」という発想そのものが目的化してしまうことにあります。専従の事務職員を置かず、団員自身が運営する市民楽団では、この発想は自然に根づきやすいものです。そして形式的な公平を優先した結果、「全員参加」がときに「全員を待たせる」構造に反転します。順に見ていきます。

市民吹奏楽団の「全員係制」とは

典型的な市民吹奏楽団の係構成は、だいたいこんな具合です。

  • 運営系:団長・副団長・会計・書記
  • 演奏系:パートリーダー・楽譜管理(ライブラリアン)
  • 広報系:SNS担当・ウェブサイト管理・チラシ制作
  • 本番系:演奏会実行委員
  • 庶務系:楽器管理・練習場手配・出欠管理

団員ごとに担当を割り当て、小規模な団体では複数を兼任することもあります。募集サイトを見ると「全員参加をモットーに」と明言している団体もあります。明文化されていなくても、入団すれば自然と係に割り振られる──市民楽団の経験者なら、そうした団体を見聞きしたことがあるのではないでしょうか。

なぜ市民楽団では「全員分担」が受け入れられやすいのか

この発想がすんなり通るのには、いくつか重なり合う条件があります。歴史的な起源を一つに特定するより、「なぜ再生産されやすいのか」を整理したほうが実態に近いはずです。

  • 吹奏楽経験者の多くが、部活動型の運営に慣れている。 日本の吹奏楽文化は中学・高校の部活を土台に発展してきました。部活では顧問が指導する一方、日常運営は生徒が担います。「楽器を吹くこと」と「組織を回すこと」が最初からセットになった経験が、社会人になっても下地として残ります。
  • 多くの市民楽団には、運営だけを担う専従職員がいない。 事務を担う人を雇えない以上、運営は団員の手で分け合うしかありません。
  • 団員としての立場が対等であることから、運営の負担も均等であるべきだと考えやすい。 同じ立場なのだから手間も平等に、という感覚は自然なものです。

PTAや自治会のような「関わる人が少しずつ役を分け合う」持ち回り当番の文化とも地続きで、全員係制はその一種とも言えます。誰かが意図して設計したというより、慣れ親しんだやり方がそのまま採られている、と考えると腑に落ちます。

なぜ「全員係制」は続くのか──3つの理由

一度根づいた仕組みが見直されにくいのには、責めるべきではない3つの力が働いています。

1. 「みんなでやっている」という公平感がほしい

全員が何かを担うことで、「みんなで運営している」という連帯感が生まれます。逆に、一部の人だけが働いて他は演奏するだけ、という状況は「不公平だ」という空気を生みやすいものです。全員参加は、その不満を先回りして防ぐ装置になっています。

2. 一人に集中させると、辞めたときに困る

特定の人に仕事が集まると、その人が退団した瞬間に立ち行かなくなります。全員に役割を分散させておけば、そのリスクを避けられる──という発想です。ただし現実には「名簿の上では分散、実際は一部の人が抱え込む」という形骸化も起きやすいのです。

3. 既存の係を引き継ぐほうが、作り直すより楽

長年続いた仕組みを変えるには、「なぜ見直すのか」を説明し、合意をつくり、新しい形を設計する手間がかかります。前年どおり係を引き継ぐほうがはるかに簡単ですし、変化を言い出すこと自体が「波風を立てる行為」と見なされる空気の団体もあります。

念のため付け加えると、全員係制がうまく回っている団体もあります。役割があることで居場所が生まれ、辞めにくくなり、運営を担える人材が育つ側面は確かにあります。問題は「全員係制そのもの」ではなく、それが目的を離れて形だけ残ったときに起きます。

「全員参加」が「全員を待たせる」に変わるとき

ここで、よく混同される3つの「全員」を区別しておきます。

  • 全員係制:継続的な業務を、各人に固定で割り当てる
  • 全員待機:作業の有無にかかわらず、全員の行動をそろえる
  • 全員協力:本番など必要な場面で、一時的に人手を出す

この3つは別々の仕組みですが、「形式的な公平を優先する」という一点で根がつながっています。そして、その優先順位がいちばんわかりやすく裏目に出るのが「全員待機」です。

練習後の片付けを思い浮かべてください。椅子を重ね、譜面台を折りたたみ、楽器を機材車に積んで保管場所へ運びます。実際に手を動かせるのは限られた人数で足り、それ以上は動きたくても場所がなくて邪魔になります。にもかかわらず、片付けが終わるまで全員が残ることを暗黙のルールとしている団体もあります。手が余った人は所在なく立ち尽くし、早く帰りたい人も全体の空気で動けません。これはもう「全員参加」ではなく、全員でやっているのではなく、全員を待たせているだけです。

係の割り当ても、根は同じです。名前が載っているだけで動かない人と、実際に動く人。両者のあいだに不満が積もり、形の上の平等が、実質的な不公平を固定してしまいます。

「ITで効率化すれば解決する」という話でもありません。連絡や出欠管理はアプリで軽くなった一方、SNS運用や個人情報の管理のように、以前はなかった仕事も新しく生まれています。仕事は減りも増えもします。問題はIT化そのものではなく、その増減を踏まえて係を棚卸しする機会がないまま、前年の枠組みが引き継がれてしまうことです。必要性を確かめないまま枠だけが残る。これこそが、全員係制の本当の落とし穴です。

全員係制を見直すには

では、どうすればいいのでしょうか。もちろん、全員が演奏だけをしていれば楽団は成り立ちません。全員に固定の係を配ることをやめても、誰かが運営を担う必要はあります。見直したいのは協力そのものではなく、「一人一役」という形式だけで公平を測ることです。

つまり「全員をやめる」話ではなく、配り方を再設計する話です。すぐ廃止できない団体でも、次の順に手をつければ、不要な仕事や負担の偏りを見つけやすくなります。

  1. すべての係について、実際の作業と年間の所要時間を洗い出す
  2. 必要性の薄れた係を廃止し、似た業務を統合する
  3. 常時必要な業務と、本番のときだけ必要な業務を分ける
  4. 専門性や継続性が要る仕事(会計・広報など)は、少人数の固定担当にする
  5. 人手だけが要る仕事は、その都度募集する
  6. 手順・アカウント・進捗を共有し、属人化を防ぐ
  7. 定期的に、負担の偏りを確認する

ここで一つ注意があります。「係を輪番にする」のは万能ではありません。会計や広報のように専門性・継続性が求められる仕事は、むしろ固定担当のほうが向きます。輪番が向くのは、会場の鍵の受け取りや受付など、「誰でもできるが、毎回必ず誰かが担う必要がある」仕事です。一方、演奏会の設営や運搬など、必要な人数がその都度変わる仕事は、手上げで募るほうが向いています。

もう一段踏み込んだ形が、「日常業務は少人数の事務局+必要なときだけ手上げ」です。参考までに、YPWOはこの形をとっています。定常業務は少人数の事務局がクラウドのツールで回し、演奏会準備など人手が要る場面では「手伝ってほしい」と声をかけます。実際、声をかけると手を上げてくれる人がいます。

ただし、この方式にも弱点はあります。いつも同じ人しか手を上げず、事務局に負担と意思決定が集まり、その負担が外から見えにくくなります。「演奏する人」と「運営する人」の分断も起こりえます。だからこそ、業務の記録と手順をツール上で共有し、定期的に負担の偏りを確認する必要があります。属人化を防ぐ手段は「全員に係を配ること」だけではありませんが、「少人数に任せて放置すること」でもありません。

実際には二者択一ではなく、固定担当・輪番・手上げを仕事の性質によって組み合わせる形が現実的でしょう。その両端にある二つの運営スタイルを比較すると、次のようになります。

観点全員係制事務局+手上げ制
仕事の配り方全員に固定で割り当てる定常業務は少人数、スポットは都度募集
強み役割が居場所になり定着につながる/人手を集めやすい演奏目的の人が集中できる/不要な役が生まれにくい
弱み不要な係が残り、負担が偏りやすい同じ人に偏り事務局が疲弊しやすい/運営と演奏の分断
属人化への備え副担当や定期的な係交代、引き継ぎで補う手順・記録を共有し、複数人が確認できる状態にする
向いている団体役割で居場所をつくりたい団体演奏に集中したい人が多い団体

「こういうもの」を一度ほどいてみる

全員係制を見直すことは、全員参加を否定することではありません。問い直したいのは、「全員に固定の係を配れば公平になる」という発想のほうです。

必要かどうかを確かめず配られた係は、片付けの全員待機と同じで、形の上の平等と引き換えに、誰かの時間と意欲を静かに削っていきます。均等に配ることと、負担が公平であることは、同じではありません。

仕組みは、変えられます。「こういうものだから」と一度立ち止まって配り方をほどいてみることが、楽団を長く、そして楽しく続けるきっかけになるかもしれません。


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