入団すると、一枚の紙を渡されます。「係一覧」です。広報係・楽器係・譜面係・会計係・渉外係・演奏会実行委員……団員の名前がずらりと並び、全員が何かしらの欄に収まっています。市民吹奏楽団に入ったことがある人なら、一度は見た光景だと思います。
この「全員が何かの係を持つ」慣習を、ここでは仮に「全員係制」と呼びます。先に結論を言えば、問題は「全員が運営に関わること」ではありません。仕事の必要性や負担の大きさを確かめないまま、「全員に何かを配れば公平になる」という発想そのものが目的化してしまうことにあります。専従の事務職員を置かず、団員自身が運営する市民楽団では、この発想は自然に根づきやすいものです。そして形式的な公平を優先した結果、「全員参加」がときに「全員を待たせる」構造に反転します。順に見ていきます。
市民吹奏楽団の「全員係制」とは
典型的な市民吹奏楽団の係構成は、だいたいこんな具合です。
- 運営系:団長・副団長・会計・書記
- 演奏系:パートリーダー・楽譜管理(ライブラリアン)
- 広報系:SNS担当・ウェブサイト管理・チラシ制作
- 本番系:演奏会実行委員
- 庶務系:楽器管理・練習場手配・出欠管理
団員ごとに担当を割り当て、小規模な団体では複数を兼任することもあります。募集サイトを見ると「全員参加をモットーに」と明言している団体もあります。明文化されていなくても、入団すれば自然と係に割り振られる──市民楽団の経験者なら、そうした団体を見聞きしたことがあるのではないでしょうか。
なぜ市民楽団では「全員分担」が受け入れられやすいのか
この発想がすんなり通るのには、いくつか重なり合う条件があります。歴史的な起源を一つに特定するより、「なぜ再生産されやすいのか」を整理したほうが実態に近いはずです。
- 吹奏楽経験者の多くが、部活動型の運営に慣れている。 日本の吹奏楽文化は中学・高校の部活を土台に発展してきました。部活では顧問が指導する一方、日常運営は生徒が担います。「楽器を吹くこと」と「組織を回すこと」が最初からセットになった経験が、社会人になっても下地として残ります。
- 多くの市民楽団には、運営だけを担う専従職員がいない。 事務を担う人を雇えない以上、運営は団員の手で分け合うしかありません。
- 団員としての立場が対等であることから、運営の負担も均等であるべきだと考えやすい。 同じ立場なのだから手間も平等に、という感覚は自然なものです。
PTAや自治会のような「関わる人が少しずつ役を分け合う」持ち回り当番の文化とも地続きで、全員係制はその一種とも言えます。誰かが意図して設計したというより、慣れ親しんだやり方がそのまま採られている、と考えると腑に落ちます。
なぜ「全員係制」は続くのか──3つの理由
一度根づいた仕組みが見直されにくいのには、責めるべきではない3つの力が働いています。
1. 「みんなでやっている」という公平感がほしい
全員が何かを担うことで、「みんなで運営している」という連帯感が生まれます。逆に、一部の人だけが働いて他は演奏するだけ、という状況は「不公平だ」という空気を生みやすいものです。全員参加は、その不満を先回りして防ぐ装置になっています。
2. 一人に集中させると、辞めたときに困る
特定の人に仕事が集まると、その人が退団した瞬間に立ち行かなくなります。全員に役割を分散させておけば、そのリスクを避けられる──という発想です。ただし現実には「名簿の上では分散、実際は一部の人が抱え込む」という形骸化も起きやすいのです。
3. 既存の係を引き継ぐほうが、作り直すより楽
長年続いた仕組みを変えるには、「なぜ見直すのか」を説明し、合意をつくり、新しい形を設計する手間がかかります。前年どおり係を引き継ぐほうがはるかに簡単ですし、変化を言い出すこと自体が「波風を立てる行為」と見なされる空気の団体もあります。
念のため付け加えると、全員係制がうまく回っている団体もあります。役割があることで居場所が生まれ、辞めにくくなり、運営を担える人材が育つ側面は確かにあります。問題は「全員係制そのもの」ではなく、それが目的を離れて形だけ残ったときに起きます。
「全員参加」が「全員を待たせる」に変わるとき
ここで、よく混同される3つの「全員」を区別しておきます。
- 全員係制:継続的な業務を、各人に固定で割り当てる
- 全員待機:作業の有無にかかわらず、全員の行動をそろえる
- 全員協力:本番など必要な場面で、一時的に人手を出す
この3つは別々の仕組みですが、「形式的な公平を優先する」という一点で根がつながっています。そして、その優先順位がいちばんわかりやすく裏目に出るのが「全員待機」です。

練習後の片付けを思い浮かべてください。椅子を重ね、譜面台を折りたたみ、楽器を機材車に積んで保管場所へ運びます。実際に手を動かせるのは限られた人数で足り、それ以上は動きたくても場所がなくて邪魔になります。にもかかわらず、片付けが終わるまで全員が残ることを暗黙のルールとしている団体もあります。手が余った人は所在なく立ち尽くし、早く帰りたい人も全体の空気で動けません。これはもう「全員参加」ではなく、全員でやっているのではなく、全員を待たせているだけです。
係の割り当ても、根は同じです。名前が載っているだけで動かない人と、実際に動く人。両者のあいだに不満が積もり、形の上の平等が、実質的な不公平を固定してしまいます。
「ITで効率化すれば解決する」という話でもありません。連絡や出欠管理はアプリで軽くなった一方、SNS運用や個人情報の管理のように、以前はなかった仕事も新しく生まれています。仕事は減りも増えもします。問題はIT化そのものではなく、その増減を踏まえて係を棚卸しする機会がないまま、前年の枠組みが引き継がれてしまうことです。必要性を確かめないまま枠だけが残る。これこそが、全員係制の本当の落とし穴です。
全員係制を見直すには
では、どうすればいいのでしょうか。もちろん、全員が演奏だけをしていれば楽団は成り立ちません。全員に固定の係を配ることをやめても、誰かが運営を担う必要はあります。見直したいのは協力そのものではなく、「一人一役」という形式だけで公平を測ることです。
つまり「全員をやめる」話ではなく、配り方を再設計する話です。すぐ廃止できない団体でも、次の順に手をつければ、不要な仕事や負担の偏りを見つけやすくなります。
- すべての係について、実際の作業と年間の所要時間を洗い出す
- 必要性の薄れた係を廃止し、似た業務を統合する
- 常時必要な業務と、本番のときだけ必要な業務を分ける
- 専門性や継続性が要る仕事(会計・広報など)は、少人数の固定担当にする
- 人手だけが要る仕事は、その都度募集する
- 手順・アカウント・進捗を共有し、属人化を防ぐ
- 定期的に、負担の偏りを確認する
ここで一つ注意があります。「係を輪番にする」のは万能ではありません。会計や広報のように専門性・継続性が求められる仕事は、むしろ固定担当のほうが向きます。輪番が向くのは、会場の鍵の受け取りや受付など、「誰でもできるが、毎回必ず誰かが担う必要がある」仕事です。一方、演奏会の設営や運搬など、必要な人数がその都度変わる仕事は、手上げで募るほうが向いています。

もう一段踏み込んだ形が、「日常業務は少人数の事務局+必要なときだけ手上げ」です。参考までに、YPWOはこの形をとっています。定常業務は少人数の事務局がクラウドのツールで回し、演奏会準備など人手が要る場面では「手伝ってほしい」と声をかけます。実際、声をかけると手を上げてくれる人がいます。
ただし、この方式にも弱点はあります。いつも同じ人しか手を上げず、事務局に負担と意思決定が集まり、その負担が外から見えにくくなります。「演奏する人」と「運営する人」の分断も起こりえます。だからこそ、業務の記録と手順をツール上で共有し、定期的に負担の偏りを確認する必要があります。属人化を防ぐ手段は「全員に係を配ること」だけではありませんが、「少人数に任せて放置すること」でもありません。
実際には二者択一ではなく、固定担当・輪番・手上げを仕事の性質によって組み合わせる形が現実的でしょう。その両端にある二つの運営スタイルを比較すると、次のようになります。
| 観点 | 全員係制 | 事務局+手上げ制 |
|---|---|---|
| 仕事の配り方 | 全員に固定で割り当てる | 定常業務は少人数、スポットは都度募集 |
| 強み | 役割が居場所になり定着につながる/人手を集めやすい | 演奏目的の人が集中できる/不要な役が生まれにくい |
| 弱み | 不要な係が残り、負担が偏りやすい | 同じ人に偏り事務局が疲弊しやすい/運営と演奏の分断 |
| 属人化への備え | 副担当や定期的な係交代、引き継ぎで補う | 手順・記録を共有し、複数人が確認できる状態にする |
| 向いている団体 | 役割で居場所をつくりたい団体 | 演奏に集中したい人が多い団体 |
「こういうもの」を一度ほどいてみる
全員係制を見直すことは、全員参加を否定することではありません。問い直したいのは、「全員に固定の係を配れば公平になる」という発想のほうです。
必要かどうかを確かめず配られた係は、片付けの全員待機と同じで、形の上の平等と引き換えに、誰かの時間と意欲を静かに削っていきます。均等に配ることと、負担が公平であることは、同じではありません。
仕組みは、変えられます。「こういうものだから」と一度立ち止まって配り方をほどいてみることが、楽団を長く、そして楽しく続けるきっかけになるかもしれません。
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