#026 なぜ市民吹奏楽団の選曲は似るのか──「やりたい曲」の正体

市民吹奏楽団の演奏会に課題曲はありません。誰かに曲を指定されるわけでもなく、団員で話し合って「自分たちのやりたい曲」を自由に選んでいるはずです。ところがYPWOラボが全国1,228演奏会・6,691曲を集計すると、最も演奏されていた曲はアルメニアン・ダンス パート1(65演奏会)、作曲家の1位はアルフレッド・リード(190演奏会)と、楽団を問わず同じ定番曲に集中していました。しかも母数が半分だった前回集計(615演奏会)と比べて上位の顔ぶれはほとんど変わらず、この集中が母数不足による偶然の並びでないことも確かめられました。

自由に選んでいるのに、結果はどこも似てくる。なぜでしょうか。団員の「やりたい」の多くは、中学・高校の吹奏楽部やコンクールで通ってきた曲を指しているのではないか──この記事では、その仮説からデータを読み解きます。

全国1,228演奏会を集計すると、同じ定番曲に集中していた

YPWOラボは、楽団公式サイトや演奏会チラシをもとに全国の市民吹奏楽団の演奏会プログラムを独自にデータベース化しており、2026年7月時点で1,228演奏会・6,691曲を収録しています。収録演奏会は関東の楽団が約7割を占めるため、正確には「全国の縮図」ではなく「収集できた楽団群の傾向」ですが、その範囲でよく演奏される曲の上位は次のとおりでした。

順位曲名作曲家演奏会数
1アルメニアン・ダンス パート1アルフレッド・リード65
2さくらのうた福田洋介42
3エル・カミーノ・レアルアルフレッド・リード40
4たなばた酒井格39
5マードックからの最後の手紙樽屋雅徳35

1位のアルメニアン・ダンス パート1は、およそ19演奏会に1回──全国の演奏会に19回足を運べば、1回はこの曲に出会う計算です。作曲家単位ではさらに集中が際立ちます。1位のアルフレッド・リードの曲が演奏されたのは190演奏会、全体の約15%──6〜7演奏会に1回は、どこかの会場でリードの曲が鳴っています。

並んでいるのは、いずれも吹奏楽の世界で長く愛されてきた定番です。別々の街の、面識もない楽団同士が示し合わせたわけでもないのに、同じ曲が上位に並ぶ。この集中は偶然なのでしょうか。

母数を2倍にしても、定番作曲家の顔ぶれは変わらなかった

偶然かどうかは、データベースの規模が半分だった時点の集計(615演奏会・3,279曲、YPWOラボ016「全国の吹奏楽団でよく演奏される曲」)と並べると確かめられます。母数を2倍にしても、上位はほぼ同じ顔ぶれでした。

作曲家615演奏会集計(2026年6月)1,228演奏会集計(2026年7月)
アルフレッド・リード2位(71演奏会)1位(190演奏会)
フィリップ・スパーク1位(82演奏会)2位(165演奏会)
久石譲4位(40演奏会)3位(81演奏会)
真島俊夫3位(45演奏会)4位(77演奏会)
アラン・メンケン12位(18演奏会)5位(75演奏会)
樽屋雅徳5位(36演奏会)6位(72演奏会)
酒井格6位(28演奏会)7位(68演奏会)

※数字はその作曲家の曲が演奏された演奏会数(同一演奏会で複数曲が演奏されても1と数える)。両集計は同じデータベースの拡張であり、独立した再調査ではありません。

615演奏会時点の上位6人は、首位こそ入れ替わったものの、全員が1,228演奏会でも7位以内に残りました。3位に上がった久石譲、5位に入ったアラン・メンケンを含め、上位は「吹奏楽の定番作曲家+映画・ミュージカル音楽の大家」という構図のままです。曲の首位も同じで、アルメニアン・ダンス パート1は615演奏会時点(35演奏会)でも1,228演奏会時点(65演奏会)でも1位でした。少なくとも、この集中が母数不足による偶然の並びでないことは、ここで確かめられたことになります。

では、自由に選んでいるはずの選曲が、なぜここへ集まるのでしょうか。

なぜ選曲だけ、みんなが関わりたがるのか

数字をいったん離れて、選曲という行為の性質を見ておきます。これはYPWOや周辺の楽団を見てきた範囲の観察ですが、市民吹奏楽団の運営には不思議な偏りがあります。会計や広報の係決めは沈黙が続き、演奏会実行委員もなかなか決まらない。ところが選曲の話になると、急に全員が当事者になるのです。

会場との交渉や当日の段取りは、やってもやらなくても自分の楽しみに直結しない「コスト」。一方で選曲は、自分が次の半年をどんな曲で楽しむかを決める場です。いわば、楽団活動における「ごほうびの分配」。コストは押し付け合いになり、ごほうびは取り合いになる。だから選曲だけが盛り上がる、と考えられます。そしてこの取り合いの場面では、「毎回あの人の意見ばかり通る」という不満もよく生まれます。この不満が本当に「あの人」の問題なのかは、のちほど戻ります。

ここで前の節の結果を思い出してください。これだけ全員が思い思いの「やりたい」を主張しているのに、出てくるプログラムは楽団を問わず似通う。全員が自由に選んだ結果が、同じ場所に行き着くのはなぜでしょうか。

「やりたい曲」の正体は、吹奏楽部・コンクールで出会った曲

冒頭の仮説に戻ります。「自由に選んでいい」と言われても、人は何もないところから曲を思いつくわけではありません。頭に浮かぶのは、知っている曲、演奏したことのある曲、心を動かされた曲です。そして日本の吹奏楽経験者は、その「知っている曲」の多くを同じ場所で仕入れています。多くの団員にとって「やりたい曲」とは、吹奏楽部・コンクールという共通の原体験で出会った曲なのではないか。

日本の市民吹奏楽団は、その多くが学校吹奏楽部の経験者で成り立っています(この成り立ちはYPWOラボ018「日本の吹奏楽文化はなぜ独特なのか」で詳しく扱いました)。中高の6年間、あるいは大学まで含めればもっと長く、同じ定番曲やコンクールの名曲を浴びるように聴き、憧れ、演奏してきた人たちです。

社会人になって「やりたい曲は?」と聞かれたとき、頭に浮かぶのは自然と、あの頃に演奏した曲、あの頃やりたくて叶わなかった曲になります。選曲とは、多くの人にとって青春の追体験なのではないか。だとすれば、めいめいの「やりたい」が世代の共通記憶へ寄っていくのも不思議ではありません。

もちろん、候補を定番へ寄せる力はほかにもあります。

  • 出版されて手に入る楽譜の範囲
  • 編成や難易度の制約
  • 指揮者の意向

いずれも実際に働いている力でしょう。その中で、全国の団員にもっとも広く共有されている装置が吹奏楽部とコンクールだった──というのがYPWOラボの見立てです。データで直接確かめられたのは「集中している」という結果までで、この説明自体はまだ仮説です。

選曲で揉めるのは「あの人」のせいなのか

この見方は、先ほど保留した「毎回あの人の意見ばかり」という不満に別の角度を与えます。

声の大きい誰かが選曲を独占しているように見えても、その人の「やりたい曲」もまた、同じ吹奏楽部・コンクール文化の中で育っています。誰が選んでも、結局は似た定番に落ち着く可能性が高い。揉めるのは選曲の幅が広いからではなく、むしろ全員が同じ狭い共通記憶を取り合っているから、とも考えられます。

もし特定の人の好みばかりが通っているのなら、それは個人の問題というより、選曲を決める手続きが無いことの問題でしょう。選曲は「ごほうびの分配」なのに、運営の係と違って分配のルールが決まっておらず、「なんとなく」で決まりがち。その空白が摩擦を生む。揉めたときに見直すべきは「あの人」ではなく、ルールの不在のほうかもしれません。

似た選曲から抜け出す方法はあるか

では、この集中から抜け出す道はあるのでしょうか。同じ力が働く中でも、選曲の手続き──何を起点に選ぶか──を変えれば、出てくる結果は変わります。

YPWOの選曲が全国の定番と重ならないのは、選曲の起点だけの結果ではありません。YPWOはポップス専門の楽団で、そもそもジャンルの方針が違います(615演奏会時点の分類では、全国の楽団の約13%にあたる「ポップス・J-POP重視型」。YPWOラボ016)。その上でYPWOは、団員の「やりたい曲」ではなく来場者アンケートの「次に聴きたい曲」からプログラムを組み立てています。出発点が、吹奏楽部の記憶の外にあるのです。

全国で多いパターンYPWO
選曲の起点団員の「やりたい曲」来場者アンケート「次に聴きたい曲」
出発点にある記憶吹奏楽部・コンクールの原体験(本記事の仮説)観客の音楽体験
結果定番曲・定番作曲家に集中(今回の集計)全国の定番曲トップ20と重複ゼロ(YPWOラボ018

実際、615演奏会時点の集計で、全国の定番曲トップ20とYPWOの選曲は1曲も重なりませんでした。直近1年の全国165演奏会と照合しても、94%の演奏会とは曲が重なりません(いずれもYPWOラボ018)。そもそも演奏会の名前に「ポップス」を掲げること自体が全国では例外で、名称を収録した3,065演奏会(曲目まで取得できた1,228演奏会より広い母数です)のうち22件・0.7%にとどまります。

これは「定番が悪い」という話ではありません。定番曲は世代を超えて愛される地盤であり、それを楽しむのは市民楽団の大きな喜びです。定番を選ぶことも、定番から外れることも、どちらも悪くない。大切なのは、自分たちの選曲がどんな力で似ていくのかを知ったうえで、「なぜその曲になったのか」を説明できる形で選ぶことです。

団費や規模といった運営の数字まで全国で似た値に落ち着く現象(YPWOラボ023「なぜ団費も規模も全国で似たような値に収束するのか」)とあわせて見えてくるのは、人は自由だから多様になるとは限らない、ということです。同じ経験を共有した集団では、自由に選んだ結果ほど、かえって似ることがある。市民吹奏楽団の選曲は、それをよく表す例なのかもしれません。だとすれば、本当に違う演奏会を作りたいときに変えるべきは「曲」ではなく、「曲の選び方」──選曲を「なんとなく」から手続きに変えることです。

その一例が、YPWOの来場者アンケートです。アンケートを起点に1年がかりでプログラムを組み立てる実際の流れは、YPWOラボ025「YPWOの選曲の裏側」で紹介しています。

横浜でポップス中心の吹奏楽を一緒に演奏したい方は、メンバー募集ページもご覧ください。

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